本多 知行[ほんだともゆき]
1984年 佐賀医科大学(現在の佐賀大学医学部)卒業。1992年 川崎医科大学大学院卒業、リハビリテーション専門医を取得。大阪労災病院・佐賀社会保険病院・大阪市立北市民病院・燿光リハビリテーション病院・白石共立病院などのリハビリテーション科部長として勤務。リハビリテーション専門医として、リハビリ全般の診療のみならず、特に「摂食嚥下障害のリハビリ領域」に深く従事。
2021年から「摂食嚥下障害のリハビリ専門家」と称し、フリーランスの非常勤医師として仕事を開始。現在6つの病院にて摂食嚥下障害の患者さんの診察・診断・評価・検査などを行っている。その結果をもとに、ST(言語聴覚士)やその他の関連スタッフ(看護師・栄養士・リハスタッフ・介護職など) にも摂食嚥下リハビリの考え方・対処法を教えている。
2023年より5月9日を「摂食嚥下障害克服のためのゴックンの日」と制定 (一般社団法人日本記念日協会認定)し、このゴックンの日を全国に広めるべく活動中。
超高齢社会に突入する日本において、加齢や病気の併発の結果、「口から食べること」が困難になる方々が増えています。口から食べられない(食べてはいけないと言われた)原因を摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)と言います。
嚥下障害になると、一番よくみる症状は「むせる」ということですが、食べ物が気管に入っていってしまい(これを誤嚥といいます)その結果として、誤嚥性肺炎になる可能性がますます高くなってきます。
そのため、口から食べることが禁止されたり、点滴や経管栄養(鼻からのチューブや胃瘻)で栄養を摂ることになったりするのです。自分が口から食べられなくなったことを思うと、好きな物を美味しく食べたり、食事中の一家団欒などができなくなったりします。寂しい思いをしたり、本当にやるせない感じになったりしますよね。
誤嚥性肺炎は現在死因の6番目となっており、年間4万2千人が亡くなっています(2020年)。これが今後も益々増加すると言われています。しかし、この摂食嚥下障害に対する対応は基本的な考え方や知識を学ぶことによって早期発見や予防がかなりできるのです。「外からは見えないのど仏の中で起こっている誤嚥」をすごく恐れ、大変だから関わりたくないと思う必要はないのです。
私はリハビリテーション科の医師(以下リハ医)ですが、1988年から摂食嚥下障害の患者さんに対応してきてかれこれ 30年以上になります。その間、経管栄養や胃瘻の患者さんに摂食嚥下のリハビリを実施することで、管を抜くことができ再び口から食べられるように治療してきました。現在では言語聴覚士(ST)が治療の全面に立ちますが、STが対応するようになったのは2000年頃からです。
しかし、STは病院には多く存在するのですが、介護施設や訪問、在宅で仕事をしている数は少ないのです。病院以外の場所では、摂食嚥下障害の本人やご家族、そして本人をとりまくスタッフは何をどのように考え対応していったらよいのかで困ってしまうことが多いのです。またSTさんがいても 1人では対応困難なことも多く、誰かに相談したいと思うことも少なくないと思われます。STさんがおられない状況でのご本人やご家族の不安はなおのことと思われます。
そこで今回私は、長い間「摂食嚥下リハビリの専門家」として重ねてきた経験をいかして「摂食嚥下障害に悩み、不安に思っておられる方々」に対して相談事業を始めました。
困った時にはいつでも相談できる安心感・安堵感が得られ、専門家が皆無な地域でも私と連携することでより早い疑問の解決が可能になってきます。
私とつながりを持つことによって、日本中の摂食嚥下障害患者さんやそのご家族、摂食嚥下障害に関わる医療介護職、さらに現在は大丈夫と思っておられる若い方々にも誤嚥性肺炎や誤嚥を心配することなく、人生最期まで「口から食べられる」喜びを保ち続けられるようになって欲しいと私は考えています。
この領域はいずれ皆様方どなたでも歳を重ねると気になってくる領域と思われます。その時になって悩むことなく明るい未来を先取りするために予防を心がけそして正しい考え方を身に付けるように一緒に進んでいきましょう。
リハ医の大きな役割は、主に病気によって起こってきた障害(運動障害や高次脳機能障害が多いが)をもった患者さんの障害を診断し、障害の治療が可能ならそれを行い、またその障害がどの程度改善回復するのだろうかと予想をたてることが可能な医師です。
障害はいろんな疾患で起こります。疾患の治療はその疾患の専門医がみることが多いのですが、障害に関してはリハビリ科にお願いするといった状況になるのです。従ってリハ医は障害をもつ疾患を幅広く診ることが可能な医師です。各科の専門医はその科の疾患だけを診るのが一般的ですが、例えばリハ医が対象とする疾患は、脳卒中・脊髄損傷・整形外科疾患・神経筋疾患・脳性麻痺や高齢者と言ったように、その疾患で起こってくる障害を診るということになります。
つまり、既設の科(脳外科・脳神経内科・整形外科・小児科・一般内科など)の先生方がそれぞれの専門性での縦糸を作っているとすれば、リハビリ医の仕事は、各疾患で起こった障害を、障害と言う視点で横糸に診られる医師であると言えます。
実際の治療としてのリハビリを全面的に行うのは、セラピストと言われる専門職で、理学療法士や作業療法士や言語聴覚士といったスタッフです。リハ医は患者さんの障害を診断評価して、この患者さんをこのようなゴールにしていこうと治療目標を立ててその目標に向かって各専門職に指示をだすのです。
セラピストは医師の指示があって初めて自分の専門性を患者さんに発揮させることができる職種なのです。医師もセラピストも一緒の目標に向かって患者さんを治療していくのが病院の中で展開されているリハビリテーションであり、患者さんに対して常にチームでアプローチしているというイメージです。
私がリハ医になった1990年頃は、リハ医は「オーケストラの指揮者の役割」に喩えられていました。医師としての技術的なものよりは、チームをまとめ一つの目標に引っ張っていくリーダーの位置づけであったようですが、私はこの考えに個人的には違和感を感じていました。私の医師像は医師であれば、自分にはこのような技術や技量があると言える医師像を自分なりに目指していました。オーケストラの指揮者を良しとはしていなかったのです。
リハビリテーション科に進み、リハ医(医師になってから5年目)をめざしていた時、私は患者Aさん(仮称・60歳)に遭遇します。少し話が長くなりますが、ご容赦ください。
Aさんは脳梗塞の病気のあとに、嚥下障害となり、誤嚥(つまり、飲み込みが悪いので食べたものが気管から肺に入ってしまい肺炎をおこしてしまう症状)があり、口から食べることが禁止され、栄養は鼻からのチューブで注入されていました。唾液も飲めなかったので、いつも唾液を「ぺっぺ」とティシュに吐き出していました。
脳梗塞でしたが、手足の動きは比較的良好で日常生活動作は自分でできていました。この嚥下障害の原因は検査をすると、食べ物が食道に行かないのでのどに残ってしまい、それが誤嚥をおこしているという状況でした。
Aさんの治療は当時では当たり前のものでした。「誤嚥がある患者さんは口から食べることが禁止」され、鼻からのチューブで栄養を摂るという状況で、正直これ以上の治療はよく知られていませんでした。
私は、体力をつけるリハビリをしたのちに「十分元気になったので退院しましょう」と伝えたところ、Aさんが猛烈に怒って私に訴えてきました。
「俺は 1人暮らしで、食事を作って食べてきた。脳梗塞だが手足は運よく大丈夫だ。しかし鼻からのチューブで飯が食えないと言うのでは、病気は治っていない。お前は医者だから、お前が治せ!」
私は何とも、途方にくれてしまいました。
当時は大学病院で働いていたので、直属のリハ医と言われる上級医や教授に相談したが、結局、皆「治療法はわからない、誤嚥だから仕方ないのでは・・」と言われてしまいます。周りのリハビリスタッフも知っている人はいないし、Aさんは治せと言うし、途方にくれながら何とか自分で解決していくしか方法はない、頼れる人は自分しかいない状況でした。
そこで私は学生時代に習った「嚥下障害」をキーワードにして、本当に治療法がないのかどうかを図書館で調べました。今のようにパソコンでキーワードを入れれば、文献が山ほどでてくる時代ではない、1988年の頃の話です。関連あるかなと思った文献を読んでは違う、読んでは少し違う・・を繰り返し、そうこう繰り返し続けているうちに、やっと「食べること・飲み込むことに対するリハビリがある」ことを示す文献や書籍に遭遇しました。「これだ!」と思ってそのリハビリを患者さんと一緒にやってみました。しかし、約3か月そのリハビリを継続してやってみたがどうにもうまく改善しません。私を信頼し、一緒にやってきたAさんに「ダメだ」とはとても言えません。
そんな中、別の文献では病気は異なるけれど、耳鼻科的手術をしたら同様の症状が改善したという文献があったことを、これまでの勉強で見つけ、病気は違うがこれをやってみたらどうかと気付いて耳鼻科の先生に相談しに行きました。
耳鼻科の先生はそのような手術は初めてだし、技術はもっているが嚥下の事を良く知っているわけではない、と正直に話をしてくれました。先生は「嚥下のことは本多先生の方がよく知っているようなので、先生が言うならその手術をしてみましょう」
と言って下さり、Aさんにも改善の可能性があることを示し納得していただいて、耳鼻科で咽の通りがよくなる手術を行いました。Aさんも、私も、周囲のスタッフも大きな期待を抱きました。
しかし、手術後の検査結果では、誤嚥もあったし以前と変わらない。まったく変わっていなかったのです。
全員ががっかりし、私はまた「ダメだったのかー!!」という思いにかられました。
でも何で通過しないのだろう、何が悪いのだろう。文献ではうまくいったと書いてあるのに…。
そこで手術をしてくれた耳鼻科の先生と検討した結果、うまくいっていないと思われた部分が見つかり、十分になるまで手術をしてみましょう、と判断し、先生の協力のもと1か月後に再手術が行われました。
その結果、再手術は成功し、術後の検査結果では、食べ物がすっと食道に流れていって誤嚥もほとんどおこらず、Aさんは食べ物を食べることができるようになったのです!「やったー!」と私は叫び、Aさんも「今までとは全く違って飲めた!食べ物が入っていくのがわかる」と言ってくれました。Aさんも、周囲の者も、皆喜びに溢れました。
その後もしばらくの間、食べる状況を見るために食事場面に行くと、Aさんは口から食べられるうれしさをいつも私に話をしてくれました。そして食事にでた食物について、これは飲みやすいとかこれは飲みこみにくいなどの状況を教えてくれました。検査上良くなっても食べ物によってこんなにまで、まだ違いがあるのかと教えられる日々。
この事から食事場面をみて実際に食べられた人の感覚を教えてもらうことの大切さを教えられました。その頃から「食事場面をみること、本人の飲み込みの状態を実際に聴くこと、実際に自分で食べさせてみる、飲み込むことをしっかりと観察すること」は、この領域での私の仕事の一番重要な位置づけとなりました。患者さんから教えてもらうという姿勢です。
その後Aさんは鼻からのチューブを抜くことができ、普通の人と同じ食べ物を 1日3回、口から食べることができるようになって無事に退院しました。試行錯誤した入院経過であったので、退院まで実に約1年かかっていました。
それから私は大学病院にいると、いろいろな科に嚥下障害の患者さんがたくさんいることに気付きました。その患者さんをリハビリ科に移して、「嚥下障害に対するリハビリ」を実践していきました。すると、口から食べられるようになってチューブが抜ける患者さんが多くいることがわかり、その現実をそれまで内容を知らなかった教授と周囲の先生に実際に見せることで、この領域の大切さを理解してもらうことができるようになりました。
私が長い間摂食嚥下障害に関わってきた経緯はお話いたしました。
摂食嚥下障害を引き起こす病気は現在も当然あるのですが、最近、高齢者が何らかの原因で入院(例えば骨折で)したのに、骨折の治療後も口からたべられなくなる摂食嚥下障害になることが多くあります。誤嚥性肺炎で入院すると尚更なのです。もともと飲み込みを悪くするような病気があるわけではないのに、摂食嚥下障害の患者さんになって口から食べられない状態になることが多くみられるようになりました。
この原因が、超高齢社会の問題として指摘されているオーラルフレイル(口の中の機能が衰えること)やサルコペニア(筋肉が衰えることで飲み込みの力が低下すること)の進行で「摂食嚥下障害」が起こってくることが最近わかってきたのです。このような状況から、なかなか経口摂取が進まないのが現状となり、口から食べられず経管栄養や胃瘻になったりしているのも事実です。
オーラルフレイルやサルコペニアで起こってくる摂食嚥下障害は、今までのように病気が起こってから治療するというのでは遅いのです。予防的な内容を重視することで軽減できるのです。従って誤嚥性肺炎で入院しても、入院前に予防的内容を知って過ごされていた患者さんは、入院後でも早期に経口摂取を持続できる可能性が高いと思われます。
私は、病気になる前の一般の方々にも「摂食嚥下障害の知識や対処法、そしてその予防法」を知っていただき、口から食べることや嚥下(ゴックン)を意識することで誤嚥性肺炎を予防することも大事ではないかと最近強く思うようになりました。予防を重視することで最期まで口から食べていける状況を作っていきたいと思うようになりました。
そのためには何かのきっかけが必要であると思い、私は2023年に5月9日を「摂食嚥下障害克服のためのゴックンの日」と制定いたしました。ゴックンの日を制定した先生ということで「ゴックン先生」の愛称が生れました。
そして、摂食嚥下障害に悩む本人やご家族のため、また関連するスタッフのために相談事業「ゴックン先生のゴックン相談室」を開設いたしました。なんらかの不安や心配事を相談したいな、摂食嚥下障害のリハビリを勉強したいな、摂食嚥下障害について講演して欲しい、実際に患者さんを診て欲しいなど、についてご相談にのります。